「パーパス」がもたらす配当

「パーパス」がもたらす配当

「パーパス経営」が取り沙汰されるようになってから久しい。一方で、会社の「パーパス」は再定義し周知徹底しているものの、実務は何も変わっていない、という声も聞こえてきそうだ。言葉だけに踊らされていては、より良い社会は築けない。真のパーパス経営を突き詰める具体的なチェックリストとしても役立つB Corp認証が注目されている

B Corp認証の運営やより良い社会へのムーブメントを先導する組織・B Labのイギリス支部では、「Better Business Act」というイニシアティブを先導している。これは現行の会社法のとある条項を改正することにより、全ての会社が環境や社会に配慮して行動すべきであるということを義務化しようとするものである。この動きを加速しうるものとして、イギリスのシンクタンク・DemosがB Labイギリス支部と協働で「The Purpose Dividend」というレポートを発表した。直訳すると「パーパス配当」ということになるが、パーパスドリブンな企業経営をイギリス全土の企業が行うという投資を今すれば、結果的に経済力が上がり、あらゆるステークホルダーに経済的・社会的な配当が与えられるという意味合いでレポートが書かれている。

今回はその内容をかいつまんで紹介しよう。

 

そもそも株主至上主義に対抗する「パーパス」とは

いわゆる「パーパス」ブームはコロナの少し前に端を発する。アメリカの大手投資運用会社であるブラックロックは、毎年投資先の経営者に対してCEOが書簡を出しているが、2018年にCEOのラリー・フィンクが「パーパスの重要性」を提唱した。その1年後には、アメリカ版経団連にあたる「ビジネスラウンドテーブル」にて「会社のパーパスに関する声明」を出した。どちらも単に企業の存在意義であるパーパスを設定することだけが述べられているのではなく、株主の利益の最大化をとにかく企業経営の第一優先事項とする「株主至上主義」を改め、あらゆるステークホルダーの利益のことを考えて経営しなければそもそも企業として存続できないということも含まれている。

日本社会においてはこうした流れを受けて、古くから「三方良し」の概念があるではないかと、それを思い出すか、「五方良し」などという言葉が出てくるなど拡充する方向で見直されてきた。長く続いた終身雇用制度の側面から従業員を育てたり生活を守る姿勢はどの企業にもあるかもしれない。ステークホルダーの一員である「お客様は神様」であり、高品質・低価格で世界を席巻してきた実績もある。しかし未だ「事業性」と「社会性」の二項対立で議論されたり、見えないものには蓋をし続けてバリューチェーンに潜む人権や産業構造の問題などには目をつぶっている可能性は高く、気候変動の進行は深刻さを増す一方である。これは日本社会だけではないが、企業のパーパスと、ステークホルダーに対するより一層危機感を持った真剣な取り組みを統合しない限り、会社、ひいては人間社会の存続が危ぶまれると言っても過言ではない。

 

イギリスで提唱されている法改正

B Labイギリス支部が進めている「Better Business Act」では、具体的には会社法の中で、取締役の義務について定めた172条の改正を求めている。

現行の172条は下記のようになっている。

172条 会社の成功を促進すべき義務

 (1) 会社の取締役は、当該会社の社員全体の利益のために会社の成功を最も促進しそうであると誠実に考える方法で行為しなければならず、かつ、そのように行為する際に、特に以下の事項を考慮しなければならない。
(a) 一切の意思決定により長期的に生じる可能性のある結果
(b) 当該会社の従業員の利益
(c) 当該会社と供給業者、顧客、その他の者と当該会社の間の事業上の関係の発展を促す必要性
(d) 当該会社の営業活動による地域社会及び環境に対する影響
(e) 当該会社がその事業活動の水準の高さに関する評価を維持することの有用性
(f) 当該会社の社員相互間の取扱いにおいて公正に行為する必要性

 (2) 会社の目的(The purposes)が、その社員の利益以外の目的から成るとき、または社員の利益以外の目的を含む限りにおいて、第(1)項は当該会社の社員の利益のために当該会社の成功を促進するとは、当該目的を達成することをいうものとしてその効力を有する。

 (3) 本条により課される義務は、取締役に対し一定の状況において当該会社の債権者の利益を考慮し、または当該会社の債権者の利益において行動することを要求する一切の法規(enactment)またはコモンロー・ルール(rule of law)に従うことを条件としてその効力を有する。

(日本語訳出典:論座「イギリス会社法における取締役の一般的義務 2006年会社法」)

(1)の(a)〜(f)を見る限り、一見すると、ステークホルダーに配慮して経営することが定められているようにも見受けられる。事実、企業の社会的責任について厳しい批判の高まりを受けて政府主導で改正されたものである。一方で、実効性の確保については課題が残っており(参照)、B Labを中心とした約2000社が、確固たる企業の社会的責任を追及しようとしているのが今の動きである。

法改正提案において、イニシアティブでは下記4つのポイントを目的として定めている。
①株主の利益と社会的・環境的利益の一致
②取締役が全てのステークホルダーを考慮した上で判断できる権限を持たせる
③全ての企業が社会や環境に配慮しなければならなことをデフォルトにする
④利益と社会・環境配慮のバランスをどのようにとっているか報告義務を課す

具体的に草案を見てみると、まずタイトルを「会社の成功を促進すべき義務」から「会社のパーパスを前進すべき義務」という言葉に置き換えている。また(1)に関して考慮すべきところに「must」が加わりより義務の色合いが濃くなっている。(2)の前により明確に社会や環境に配慮することが明記され、現行の(2)からシンプルに「会社は、第2項に定める目的よりも、より広範な社会や環境に配慮する有益な目的を定款に定めることができる。」としている。

法律の専門的な議論はここでは省略するが、現行の曖昧な表現が結果的に株主利益を第一優先にしてしまっているという現実から、条文をより明確にすることで取締役をエンパワーすることが大きな目的となっている(イニシアティブのプロモーション動画を参照)。

法改正の要望は2023年4月の大々的なキャンペーンで国会議員へのロビーイング活動が行われた。こうした活動の結果、まずは来年の総選挙に向けて各政党のマニフェストに組み込まれるかどうかが注目されている。

 

全社がパーパスドリブンになることでイギリス経済を救う

さて、「The Purpose Dividend」 のレポートは、上記のような法改正が実現し、全企業がパーパスドリブン、且つ社会や環境に配慮したステークホルダー経営ができるようになった世界ではどのような経済発展が描けるかを報告している。社会や環境に配慮した経営が、あれば良いに越したことはないというレベルではなく、経済的発展の鍵を握るという強い主張がサマリーでなされている。

イギリスは財政的にも経済的にも綱渡りの状態にある。
これを解決するためには、より高いレベルの生産性を促進し、より高いレベルの成長と生活水準を生み出すための、より高いレベルの投資が必要であるということは、政党を越えて皆が認識している。同時に、ネット・ゼロへの迅速な移行を達成し、繁栄は社会全体に均等に広げ、国をひとつにまとめる必要がある。
現時点では、これを達成するための信頼できる経済戦略がなく、早急に見いだす必要がある。
成功する経済戦略の中心は、経済の供給サイドに目を向けることである。生産する商品とサービスの効率と質を高めるために企業の運営方法を改善すること、すなわち「供給サイド」へのテコ入れは、すべての政策立案者の願望である。 供給サイドの改革は、正しく行われれば、長期にわたってプラスの効果をもたらすからだ。
ここで朗報は、大胆な供給サイド改革が目の前にあるということである。
歴史的に見て、事業構造の制度的革新者であった国は、他国を凌駕し、長期的に著しく高いレベルの成長を生み出してきた。残念なことに、近年、政策立案者はこの教訓を忘れ、減税や規制緩和、あるいは公共支出全体の水準ばかりに目を向けてきた。イギリスは基本に立ち返り、ビジネスの構造を見直すことで業績を向上させる必要がある。これこそが、投資、成長、生産性を長期的に向上させる主要な道なのだ。
イギリスの全企業をパーパスドリブンな会社にすることは、2020年代に最もインパクトのある供給サイドの改革となる可能性を秘めている。

(「The Purpose Dividend p6」より引用)

イギリス経済の衰退については象徴的な図表で示している。労働者あたりの付加価値生産の伸びは1970年〜1990年にかけての3%弱から、今では0.5%しかないのである。

イギリス経済の衰退をB-Corpが救う
 「The Purpose Dividend」p9より引用

GDPは7%アップ

このレポートでは「パーパスドリブンな会社」をポジティブな社会的インパクトや環境的インパクトを創出するため、パーパスをもって自らを統治しよう会社として、B Corpをはじめとし、社会的企業やコミュニティ・ビジネスなどを研究した結果、イギリス経済のパフォーマンスがどうなるかを試算している。

調査結果によると次の4つが主な成果として挙げられた。

  • 年間GDPを1,490億ポンド押し上げる : GDP7%アップ
  • 研究開発費が7倍に増加 : 年間約1160億ポンド
  • 資本投資が860億ポンド増加 : GDPに占める資本投資の割合が4%ポイントアップ
  • 低賃金所得層の賃上げ53億ポンド:(週44ポンドアップ相当)

イギリスはB Corp認証企業の数はアメリカに次いで世界で第2位である。しかしこの調査で定義する社会的企業や協同組合などパーパスドリブンな企業の売上高がGDPに占める割合をドイツ・フランス・オランダと比較すると、顕著に低いことがわかる。国全体の研究開発費や労働力においても他の国より低いという相関関係があることから、パーパスドリブンな企業を増やすことが国力の増強につながるのではないかと考えられている。

イギリスはB-Corp認証企業数は多いがパーパスドリブンな会社は少ない

パーパスドリブンな会社の方が経済的なパフォーマンスも良いというスタディはこれまでもいくつか出ている。B LabでもB Corp認証を取得している中小企業の方が、一般的な中小企業よりも経済的なパフォーマンスが良いというデータを出していた。今回はより政策にも踏み込み、社会や環境に配慮する会社のガバナンス体制を整えることによりGDPの成長が期待できるという大きなメッセージを打ち出した。

 

レポートの前半ではいかに「供給サイド」の施策に注目すべきかも綴られている。政治家たちがどのような反応をするのか、楽しみである。