B Labトップの交代とB Corpの未来

B Labトップの交代とB Corpの未来

22年3月9日、B Corpの認証機関であるB Labのトップがエレノア・アレン氏に交代することが発表された。

B Labは2006年にコーエン・ギルバート氏、バート・ホウラハン氏、アンドリュー・カッソイ氏の3人により設立されて以来、この共同創業者らが主導でB Corp認証制度、そしてベネフィットコーポレーション法を推進してきた。ギルバート氏は2019年からB Labや他のNPO等が共に立ち上げ経済システムの変革を目指すイニシアティブ「Imparative 21」のCEOとなり、ホウラハン氏とカッソイ氏が共同CEOとして組織をひっぱってきたが、6月以降はB Labの役員・アレン氏のシニアアドバイザーとして残ることになる。

アレン氏は、アメリカ政府のボランティア派遣事業「Peace Corps」での活動、民間企業でのコンサルティング・エンジニアを経て、現在はアメリカのコロラド州に拠点を置く国際的NPO・Water for PeopleのCEOである。熱意をもって水と衛生問題解決のために尽力してきた人物である。

Water for Peopleのウェブページより

このトップ交代を機に、イギリスのメディア・Pioneer Postによるカッソイ氏へのインタビューやB Labオーストラリア・ニュージーランド支部主催のウェビナーを元に、B Corpのこれまでと今後の展望を見ていきたい。

B Corp制度設立当初

B Corp設立の経緯はこの記事で紹介しているように、ギルバート氏とホウラハン氏が未来世代に誇りを持てる会社にしたいと大切に育ててきた会社が、株の売却後に株主の利益優先のため自分たちの目指してきた方向とは違うものになってしまったことがきっかけで、株主第一主義ではない、違う経済システムを作りたいという考えに至った。

他方で、彼らと大学の同級生であったカッソイ氏は、卒業後にプライベートエクイティに勤め、市場がビジネスに資本を提供し、その規模を拡大させる力を持つ反面、資本は金銭的な見返りだけが重要である、という縛りがあることも知った。その活動には全く魂がこもっておらず、雇用・地域社会・環境にとって破壊的なものだと感じた。そしてカッソイ氏は、新興社会起業家を支援する組織・Echoing Greenの役員になった。1990年代後半~2000年代初頭にかけて、社会的なインパクトを拡大するために営利目的のビジネスモデルを構築しようという動きが活発になってきていたのだ。しかし、起業家が直面したのは制度的な障壁であり、市場は起業家のためのものではなかった。起業家が外部資本を引き受けた時点で、彼らの義務は社会的価値ではなく、株主利益を最大化することになってしまうのである。

こうした葛藤を経て「何か新しいことをする時期が来た」と悟ったカッソイ氏と、ギルバート氏とホウラハン氏の3人でB Labを設立したのである。

B-Labの創業者の3名はホウラハン氏、ギルバート氏、カッソイ氏
左からホウラハン氏、ギルバート氏、カッソイ氏 (Pioneer postより)

設立当初は、「ビジネスの力を活かしてより良い社会を目指す」という考えはまだ十分に浸透していなかった。リーマンショック前の当時、株主第一主義がゲームの唯一のルールであり、金融界はこの後に多大なる清算が必要となることなど予想だにしていなかった。しかし、その経済システムには確実に欠陥があり、社会的不平等と気候変動を増大させるものであった。

この問題に真剣に取り組みたいのであれば、理論的に話すだけでは通用しない。そこでまず、社会的・環境的インパクトの測定基準を作り、良いビジネスと良いマーケティングを区別することを可能にした。つまり本当に良い会社とは何であるかを示すために、高いパフォーマンス基準で評価する仕組みを作ったのだ。

そして株主だけでなく、労働者、コミュニティ、地球、消費者、投資家など、すべてのステークホルダーの利益を考慮するためには、それができるような仕組みに変えなくてはならない。英米文化では「受託者責任」という言葉があり、定義上は「信託の受託者は委託者および受益者の利益を第一に考える義務を負う」というものだが、これは証券や資金運用会社に限らず、投資された会社は、投資してくれた株主・配当を受ける株主に対する利益を第一に考える義務を負わなければならないことが株式会社の原則なのであり、それ以外のこと、つまりステークホルダーを第一に考えることは違反となってしまうため、これと違う制度が必要なのである。

この2つを併せ持つのが3人が生み出したB Corp認証制度とそのムーブメントなのだ。
そしてそれを動かす組織・B Labが非営利団体なのもあえての選択であった。創業者3人とも営利企業出身であり、もしB Labが営利企業であればまた稼ぐことが目的の活動ではないかと疑念を抱かれてしまうが故、信頼されるものであるためにNPOという形態にしたのだ。

大企業を取り込む

B Corpのコミュニティは社会的企業や日本の生協にあたるような、個人が出資も運営も利用も行う協同組合もあれば、大企業もあり、これは創業者たちが意識的にあらゆるタイプの企業を取り込むようにしている。

創業当時に、自分たちは経済の新しい分野を創り出そうとしているのか、それとも経済全体を変えようとしているのかを議論した結果、経済全体がそのままで、周りが自分たちの頭をなでて「かわい子ちゃん」と言うような脇役に徹したくないという結論に至った。つまり一部の理想を追い求めるだけの集団ではなく、経済システム全体を変革させるものにしたいと考えたのであった。

そのためには認証は幅広く受け入れられる、包括的なものである必要があった。もちろん意味のある認証にするためには、高い基準も必須だ。社会的企業と大企業を同じコミュニティーに引き入れる方法を見つけることが重要であった。そこには認知拡大(横の広がり)と信頼性(縦の深さ)の緊張関係が存在するが、それをうまく管理することにB Labは労力を費やしてきたとも言えるだろう。

大企業は大きなステージを持ち、発言力や影響力があるが、効率性を重視したがために社会や環境に対してあまり良い影響を与えていない企業もあり、正しく良きパートナーを選ぶ必要がある。一方の社会的企業は規模が小さいからこそ深い社会貢献の形を持てる場合がある。例えばアメリカのパン屋・グレイストンベーカリ―では「ブラウニーを作るために人を雇うのではなく、人を雇うためにブラウニーを作る」をモットーに、職歴・学歴や犯罪歴を判断材料にしない究極の「オープン採用」を行っている。過去の行動が原因で生涯的に就職しづらい環境にある人を救っているのだ。この取り組みをある大企業のCEOが注目し、自社に取り入れたいと申し出て、実際にグレイストンベーカリ―が大企業への導入を手助けしており、こうした例は他にもたくさんあるそうだ。社会的企業自身が多国籍企業レベルに成長するという道もあるが、横と縦の緊張関係から生まれるインパクトのスケールアップができることがB Corpコミュニティの魅力の1つともなっている。

「B Corp帝国」が目的ではない

創業者たちのゴールはこれまでうまくいかなかった経済システムを変え、違う経済でまわっていること。B Corpたちの帝国を築くことが目的ではない。重要なのは、B Corpの数ではなく、B Corpがどんな影響を及ぼしているのか、B Corp企業同士でどのように行動してシステム全体に変化をもたらしているのか、ということだ。B Corp企業内の閉じた世界、「帝国」ではなく、他の企業のために変化をもたらすことを期待している。

例えばB LabはB Corp認証の第一歩である「Bインパクト・アセスメント (BIA)」というツールを、どの企業でも自由に利用できるようにしている。認証企業は5,000社近くだが、その何十倍にもあたる20万社の企業がアセスメントツールを使って自社のインパクトを測定しており、認証を取得していなくてもそれだけの企業が行動を変えている可能性があることを意味する。

全てのステークホルダーを考慮することを礎とした新しい法的企業形態の確立を目指すロビーイング活動は、ここ数年B Labの活動の大部分を占めており、米国の40州、世界10カ国での新しい法律の整備に貢献している。B Corpは約5,000社だが、この法制度下に登記している企業は1万社にものぼる。

しかし、それでもこれは自発的なものにすぎない。これまでの取り組みは、企業が自発的にこの変化を選択することが可能であるというお手本を示す上で重要だった。だが最終的には、システム全体を変えたいのであれば、すべてのプレーヤーが公平に競争できるようにルールを変える必要があると創業者は考える。

但しそれが全員がB Corp認証を取得することで実現するということでもなく、創業者にしてみればたった数千、むしろ数百社でもルールが変えられる可能性があると信じている。例えばイギリスではB Corp取得企業数百社が中心となって「Better Business Act」という政策提言活動を行っており、同国の会社法172条に規定されている「会社の目的は株主の利益を生み出すことである」というものを改正し、代わりに会社の取締役は、利益を出すだけでなく、労働者、顧客、地域社会、環境にも利益をもたらす法的責任を負うことを求めている。多くの国会議員が関心を示しており、主要メディアでも何度も取り上げられ、既に大きなインパクトを与えていると言えるであろう。

創業者の熱意からグロースフェーズへ

B Corpというものを布教し、政策提言も行いながら、B Labが需要の高まりに対応し、指数関数的にスケールアップしていくべく、これからB Labは新しいフェーズに入っていく。そのためにどういう組織であるべきか、3年ほど前からスタディをしてきたそうだ。

まずスケールアップには欠かせない資金。B Lab本部と、各地域のB Lab支部やパートナー団体からの収入は約4000万ドルあるそうだが、今後数年間で倍以上の約1億ドルにする必要があると創業者は試算している。またこれまでの収入の4割は慈善団体からの寄付によるものであり、不況時にはより影響を受けやすいともいえる。例えばイギリス支部は認証申請時にも認証料を払う仕組みになっているが、そうした地域ごとの取り組みを含めて収入を増やし、より価値ある仕事をB Labで担いたいと考えているようだ。

そして人材。どのような組織であっても、同じリーダーがずっと君臨していることが必ずしも良いとは言えない。B Labはギルバート氏のものでも、ホウラハン氏のものでも、カッソイ氏のものでもないと創業者自らが言っている。皮肉にも3人の白人男性が設立したという、ダイバーシティの裏返しのような組織からの転換で、今回女性代表を登用した。

さらにこの代表職について、これまで通りの「CEO」ではなく、新任のアレン氏とも協議したうえで「Lead Executive」というタイトルにした。これは創業以来16年間の学びでもあったが、ムーブメントを広めるためにはいかに良いリーダーたちを各所に備えるかということにもかかっている。現にアメリカ発祥の認証制度として当然最初は北米企業が多かったが、今やその比率は全体の3割程度となっている。世界中で5000社近くの認証企業を生み出すことができたのは散在するリーダーたちのおかげであるし、リーダーたちが今後の発展の鍵を握る。それが故にそのリーダーを束ねる長、としてのポジションに改めて設定したのである。

国別-B-Corp-取得企業
B Corp公式ページより(21年4月時点)

ただ、創業者らがトップでなくなったことによって組織がガラリ変わるわけではないだろう。創業者にとってB Labの仕事はライフワークのようなものであるという。B Labに留まり、アドバイザーとして今後の発展を支え続けることになる。

経済システムの改革が目的であれば、その規模をより早く、より大きくすべきところである。数ではないと言えども現に3,000社が認証プロセスにあるということで、壮大な順番待ちが発生していることになる。今後も認証の質を下げることなくより迅速に、そしてよりインパクトのある活動となることを願いたい。