【新基準解説シリーズ①】パーパスとステークホルダーガバナンス

【新基準解説シリーズ①】パーパスとステークホルダーガバナンス

B Corp認証を運営するB Labが新基準について、トピックごとに解説されることになった。今の基準では「ガバナンス」「従業員」「地域社会」「環境」「顧客」というステークホルダーの名称で分野が分かれており、200問前後の質問からそれぞれの会社で取り組めるところから始めてとにかく80点というボーダーラインを超えることが認証要件の1つである。2025年以降に始まる新基準では、「パーパス&ステークホルダーガバナンス」「公正な賃金」「気候変動対策」など、社会課題や環境問題のトピック自体が分野名となり、これら全ての基準をクリアすることが必須となる。

まず、先日「パーパス&ステークホルダーガバナンス」について記事が出たので、ここではその内容を解説しながら見ていこう。

「パーパスとステークホルダーガバナンス」を設定した目的

そもそもB Corp認証制度設立のきっかけは、創業者がバスケットボールシューズのスタートアップを成長させた後に株式を売却したところに始まる。今で言う「パーパスドリブン」な、従業員や地域社会を大事にしながら経営を行う会社であったが、株式売却と共に株主の利益第一になってしまった。今の資本主義社会において、株主利益の最大化が何よりも優先すべきものであることが常識であるが、それを変えたよりよい社会経済システムの構築がB Corp認証が作られた理由である。企業経営において株主の利益最大化が一番重要であるという「株主第一主義」、英語で言う「Shareholder Primacy」を少し言い換えた「Stakeholder Primacy」(ステークホルダー主義)を実現することがB Corp界の目指す社会である。

そのため新基準トピックの1丁目1番地が、この「パーパスとステークホルダーガバナンス」となっている。

この種のコーポレート・ガバナンスにより、企業は意思決定において、顧客、労働者、サプライヤー、地域社会、環境、株主など、すべての利害関係者の利益を考慮することが求められます。私たちが今日、複数の危機(気候と生物多様性の危機、感染症など)に直面している主な理由の 1 つは、「株主第一主義」という言葉により、意思決定の大部分が依然として所有者と株主の利益のための利益の最大化のみに重点を置いて行われていることです。すべてのステークホルダーを考慮してビジネスの役割を再設計するには、企業行動と日々の活動、そしてビジネスの成功を定義する物語といった体系的な変化が必要です。(B Lab記事より引用)

「パーパスとステークホルダーガバナンス」の3つのポイント

このトピックで推進しようとしている概念は下記の3つとしている。

  • 株主の優位性を覆す:すべてのステークホルダーの利益が理解され考慮されるようにすることによって実現する
  • サステナビリティを社内の適切な位置に据える:会社全体の意思決定を行う立場にある人々がサステナビリティに責任を持つことを担保する
  • グリーンウォッシングとの対峙:企業が責任あるマーケティングとコミュニケーションの原則に従い、その影響について定期的かつ透明性を持ってコミュニケーションすることを担保する

各トピックごとの詳しい解説は今回が初めてであるが、「パーパスとステークホルダーガバナンス」といった少し概念的で抽象的なトピック名でありながら、その達成したい目的は具体的でかなり強い言葉で表現されていると言っても過言ではないかもしれない。

「パーパスとステークホルダーガバナンス」の具体的要件

具体的な要件として、まずはB Corp認証の法制度版である「ベネフィット・コーポレーション法」が制定されている国ではその法制度を採用することがマスト条件である。そして法制度の有無にかかわらず、企業のパーパスを社会・環境へのプラスの影響と一致させること、ステークホルダーへの影響を考慮すること、ステークホルダーへの配慮を実現するためのガバナンス構造の構築、社会的・環境的目標に向けた企業の進捗状況に関する責任と透明性のあるコミュニケーション確立などの実践が要件に含まれる。

さらに基準は踏み込んでおり、利益配分が公正かつ合理的であること、または投資家が企業のパーパスを支持していることを確認することなど、財務上の意思決定がパーパスと連動していることを重要視している。大企業が自社株買いや配当を行う際に、ステークホルダーへの配慮をすることを要件として加えているようである。

単なる「パーパス」を新たに設定して掲げる、というようなレベルを遥かに超えて、どのようにステークホルダーの利益を守るかについて具体的な方法が提示されることに期待できる。

ここで1つ注意したいのは、B Labが記載しているステークホルダーの中身である。これまでもステークホルダーやUnderrepresented people (過小評価グループ)など、その地域や業種の文脈上あらゆる想定が考えられることから、BIAツール上であえて定義していなかった。今回のB Labの記事では、「企業は意思決定において、顧客、労働者、サプライヤー、地域社会、環境、株主など、すべての利害関係者の利益を考慮することが求められます」と書いてあり、株主は除外されていない。パタゴニアの「地球が株主」であったり、持株会を超えて全従業員が株主であるなど、既に利益配当先が本当に恩恵を受けて欲しいステークホルダーに設定している会社もあることからこのような表現になっているかもしれない。またB Corp認証は資本主義社会自体の否定でもないし、利益追求の否定でもない。営利企業として、投融資双方含めて原資を出資している金融主体も重要なアクターである。新基準ではそうしたバランスを社内でより深く議論するきっかけになるかもしれない。

この辺りの真のパーパスドリブンな経営について基準を設けているのが、イギリスの規格協会BSIの「PAS 808」と呼ばれるもので、B Labも参照しているようだ。

もう1つ、具体的要件として加えられているものが、責任あるマーケティングとコミュニケーションである。現行基準でも顧客分野に含まれていたが、ガバナンスの1つとして重要視されることとなった。昨今のグリーンウォッシュ懸念への高まりを受けての、当然の要件とも言えるであろう。EUでも「環境にやさしい」といった曖昧な表現は禁止されるようになっている。イギリスの競争・市場庁では2021年にグリーンウォッシュ防止に向けたかなり具体的なガイドラインを出されているので参照されたい(日本語簡易訳版はこちら)。

新基準「パーパスとステークホルダーガバナンス」への対応ポイント

B Labは企業の新基準への対応検討に向けて、下記の点に集中すると良いとしている。

  • 会社のパーパスをB Corpの法的要件の意図と一致させ、社会や環境にプラスの影響を与えることに貢献できるようにする
  • ステークホルダーとの定期的なエンゲージメントを実施し、どのようなステークホルダーのガバナンス メカニズムが組織に適しているかを定義する
  • 最高レベルのガバナンス(サステナビリティをインセンティブ制度や業績目標に組み込む)で、社会的・環境的影響を確実に監視する
  • 企業のマーケティング・コミュニケーションにおけるグリーンウォッシングのリスクを特定し、責任あるマーケティング・コミュニケーション戦略を実施する

2点目から4点目までは現行基準にも設問があり、上場大企業にも求められている項目にもあたるため、取り組みの事例やアウトプットのイメージは参照することができる。1点目に関して、「パーパス」自体は企業理念やミッションなどでも良いと思われるが、これまで「お客様のために」「技術革新で世の中をリード」といったような目的に、差し迫る気候変動と深刻化する経済格差を踏まえてステークホルダーガバナンスをどのように組み込むのか、社内での議論が必要かもしれない。

 

※ 本記事はB Labの新基準解説記事を参照して書かれたものです。引用文以外は個人の解釈であり、必ずしもB Lab本部の考えを公式に代弁するものではありません。