B Corp認証を運営するB Labが最終的な目標としているのは、「包括的で、公平で、リジェネラティブ(再生可能)な社会」である。これを実現するためにはJEDI、すなわち、Justice(正義)、Equity(公平性)、Diversity(多様性)、Inclusion(包括)をB Corpたる企業全社が進め、声を大きくし、社会全体を動かすことが必要だ。社会課題を分野名としたコアトピックとしては解説シリーズ最後である、「JEDI」について見ていく。
BIAや新基準での「ダイバーシティ」の扱い
現行基準にもダイバーシティ関連の質問が、特にコミュニティ分野に登場する。従業員の採用時やキャリアアップの際に、いわゆるマイノリティの属性になる人たちをどのように積極的に登用し、支援していくか、具体的な施策が並ぶ。日本企業のこれまでの慣習では取り組んでいないことばかりだが、欧米では当たり前のようにひとまず取り組みとしては実施されていることも多い。そして、ダイバーシティはサプライヤー関連にも波及しているが大半は従業員のことを問うているにもかかわらず、従業員分野ではなく「コミュニティ」の分野に出てくる。これは、あらゆる人に就職の機会を与え、経済活動に参画してもらうことが、その地域社会への経済の循環の輪に貢献するからである。つまり、多様な人材に囲まれ、互いに影響されながら社会人生活を送る従業員、そして地域社会、サプライヤー、と様々なところに影響を与える可能性があるのが、ダイバーシティの取り組みなのだ。
JEDIの考え方は、要は人権擁護ということになるため、トピックとしては本来重複するものである。またJEDIは職場文化を構成する要素としても重要な鍵となる。JEDI、人権、職場文化と3つ独立してトピックを設定したものの、取り組みが重複するのではないかとも捉えられるが、今の企業の取り組みとしてはJEDIは人事の中でもダイバーシティ施策に特化したチーム、人権は主にサプライチェーンまわり、職場文化(従業員の満足度調査など)は人事の特定のチーム、と分かれており、別の課題として扱っていることが多いため、新基準でもあえて分けている。10年後にはこれらのトピックが統合する可能性があるだろうとしながらも、逆に分けて扱うことでそれぞれが関連する複雑性に惑うことなくスピード感持って進められるのではないかとB Labが見解を示している。
「JEDI」という言葉
ここまでは日本人に馴染みのある「ダイバーシティ」という言葉を用いてきたが、時代の流れの中では、ダイバーシティ→ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)→ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)→ジャスティス・エクイティ・ダイバーシティ・インクルージョン(JEDI)と、用語が進化しており、現行基準のDEIから新基準では「JEDI」となる。インクルージョンは様々な人を巻き込んでいくことであり、ダイバーシティという状態にもっていくだけでなく、従業員の心が他者を認め受け入れる準備が整っている体制にしなくてはならない。エクイティは公平性であり、平等に何かを分配するのではなく、結果的に平等になるように積極的に是正しながら足りない人には多く分配することである。
ジャスティスは正義と訳され、何が正しいかを根本的に考えることを意味する。白人警察官が黒人男性を逮捕したとき、必要以上に押さえつけてしまったがために男性が死亡してしまった、いわゆる「ジョージフロイド事件」の後には「Justice for George Floyd」の看板を掲げたデモが蔓延した。法律に基づき取締り行為を行う警察が容疑者を逮捕すること自体は法律上正しいかもしれないが、それは必要以上の暴力行為ではなかったのか、そして白人対黒人という構図がその行為の正当性に、より疑問符を抱かざるを得なかった。企業がどれだけダイバーシティ施策を講じていても、社会全体で見たときにこれだけ人種差別の問題が根深いことに社会全体でショックは大きかったし、以後JEDIという言葉が共通の理解となってきた(筆者は個人的に白人・黒人の表記は好まないが、問題をわかりやすくするためにあえて用いている)。
JEDIという文脈の中でのジャスティスは、B Labが定義するように、いわゆるマジョリティもマイノリティも、いわゆる健常者も障害者も、全ての人にとって障壁がなくなるようにすることとしているため、上記の意味から職場での取り組みに置き換えられている。
また、B Labは必ずしもJEDIをいう言葉が全ての企業で使われているわけではないことは認識しており、加えて過去にダイバーシティに関する用語が変化してきたことも考慮し、将来的に変わるかもしれないことを予想して、全企業の取り組みの中に「JEDI」と記す必要はないそうだ。そもそも上記でDEIと示したダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンも、エクイティ・ダイバーシティ・インクルージョン=EDIと呼ぶところもある。またDEIの次はダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン・ビロンギング=DEI&B(組織への所属が心地よい状態)という考え方もあり、日本人にとってみると、こちらの方がしっくりくることもあるかもしれない。
新基準で求められること
現行のBIAに出てくる給与の高低差、サプライヤーの多様性、インクルーシブな雇用の仕組みなどはそのまま残るようだ。また、従業員分野のインパクトモデル(高得点領域)にある、雇用機会に恵まれない人たちの積極的雇用とキャリアアップに向けた支援の考え方も含まれているようだ。また単に方針文書を作って形骸化することを避けるために、より具体的な行動を重視している。
今回の基準変更の大きな違いは、これまでどの取り組みを選んでも良いのでとにかく80点を超えればよかったものが、トピックごとに必須の項目が設定されるという点である。ダイバーシティに関する取り組みも、これまで日本企業にどうしても事例が少なくスキップしてきた部分があれば、早めに取りかかる必要がある。
ただ企業の状況に応じてある程度の選択の余地は残されている。具体的には土台・社内・社外の3つの領域で、それぞれに複数の取り組みがオプションとして設定される。土台となる考え:5つ・社内の取り組み:7つ・社外の取り組み:11つの計23のアクションである。管理職など上層部のダイバーシティ、インクルーシブな採用慣行、いわゆるマイノリティー向けのスポンサーシップ(キャリアアップできるように上司が部下をあらゆる場面で推すこと)やメンタリングの機会、インクルーシブな言語ガイドの開発、インクルーシブな製品やサービスの再設計などが含まれる。前半の従業員への取り組みは小規模企業には初見かもしれないが、これまで大企業の質問票に出てきている。また社外に向けての取り組みが、顧客向けのインクルーシブなデザインも含まれ、これはビジネスモデルとしての評価で一部含まれていたが、新しく広がっている観点である。「顧客」分野としては新基準に設計されていないが、こうしてあらゆるトピックに要素が散らばり、B Corp企業がマーケット全体に良い影響を与えていくことが期待されている。