ESG経営が正しいかではなく、我々がシステム変革できるかどうか

ESG経営が正しいかではなく、我々がシステム変革できるかどうか

「ESGは業績の免罪符か」(日経
「ESG/SGDs経営はブームで終わるのか」(週刊ダイヤモンド

日本でも昨年B Corpを取得しているダノンの、フランス本社のCEO兼会長であったファベール氏が、今年の3月に業績不振を理由にもの言う株主から解任された。「これからは目的主導型(パーパス・ドリブン、環境や社会への貢献などの目的を最優先に経営を行う)の時代だ」と希望にあふれていた企業界隈に衝撃が走り、日本でも上記のような見出しが出た。

しかし短絡的にESGやSDGが間違っていると結論付けるような事件ではない。そもそも会社が環境や社会に対しての目的を持つことはごく自然なことである。多くの大企業のミッションだって、実は広い意味で社会に対しての責任を明示しているはずだ。気候変動やパンデミックが目の前の問題として立ちはだかる中で、会社の存在意義とやらなければならないことを一致させ、周囲を説得し、主導していくために、会社のトップがやるべきことは何か。そして彼らを取り巻く社会はどうなるべきか。

「The Myth of the CEO Hero (CEOヒーローの神話)」と題してハーバード・ビジネス・レビューに寄稿された、B Corp認証機関であるB Lab・イギリス支部のジョンストンルイス氏とラブ氏の記事を紹介しよう。


(以下、記事より)

2021年3月、エマニュエル・ファベール氏が、ダノンのCEO兼会長から解任された。一部の人は、この追放が主に2020年後半、つまり「Entreprise à Mission」(フランス版ベネフィット・コーポレーション)になることについて株主の賛成票を得た後に株式を取得したアクティビスト(もの言う株主)によって主導されたと見ている。それは「『目的主導型の落とし穴』を示した事例(フィナンシャル・タイムズ、3/18の記事参照)」、「パーパスドリブン隊長の支持失墜(フィナンシャル・タイムズ、3/16の記事参照)」、「資本主義の魂のための戦い(フォーチューン、3/17の記事参照)」などと報道された。

ダノンの業績は同業他社に遅れをとっていたが、それでも、会社の文化と法的枠組みを変えるための努力をしてきたファベール氏は、目的主導型ビジネスの象徴として多くの人に認識されてきた。このファベール氏の解任を、ステークホルダー資本主義とアクティビスト投資の対立と捉えることは容易だ。つまり、ミルトン・フリードマンを凌駕したヒーローであるファベール氏に対し、アクティビスト投資家がステークホルダー資本主義の失敗と株主利益最大化の勝利を突き付けたということだ。「(市場原理主義を掲げた)ミルトン・フリードマンの銅像を倒した」と誇っていたファベール氏自身が倒れ、資本主義を唱えるエコノミストが無傷で、むしろ以前よりもでしゃばるようになるのではないかと想像する人もいるかもしれない。

そうしたストーリーは刺激的だが、全体像を把握できていない。ダノンはとても重要な教訓を残したのだ。人々や地球の求めるものを確実に満たし、そして儲かるエコシステムを設計するためには、リーダーが必要であろう。優秀な人が必要であろう。イノベーターや伝統的な考えや慣例を破壊する人が必要であろう。しかし、1人のヒーローだけでは実現できない。我々の社会と地球が直面している、様々なものが相互につながっている世界での緊急事態に対処するには、システムの変革が必要であり、それはチーム・スポーツと同じなのだ。

システムの変革とは、組織と要因の関係における深い理解の上に成り立つ。例えば、コロナ禍において女性の労働力参加に悪影響を及ぼした教育・保育システム、文化的規範、業界の制度などだ。システム変革のためのリーダーシップというのは、あるといいというレベルでも企業トップだけに関係するものでもない。ある目的にコミットした企業を率いる人、そこで働く人、そこから購入する人、そこに投資する人は誰しも、システム変革というレンズを通して、ダノンで何が起きたかを注意深く観察する必要があるのだ。

端的に言うと、最も野心的で献身的で熟練したCEOでさえ、単独ではシステム改革をできないということを、政策立案者とビジネスリーダーたちが同意しない限り、ダノンで起こったことは繰り返される。経営層はこれにうすうす気づいているだろう。例えば世界の3,900を超える企業たちは、B Corpが単独の企業では成し得ない業界の変革を推進できるコミュニティであり、ムーブメントであると捉えている。

ファベール氏の教訓から、システム変革のための4つの原則が導き出せる。この原則は、株主だけでなく利害関係者にフォーカスすべきだと高まる声にどう対応するかの道しるべである。これはB Lab・イギリス支部が立ち上げた、「Better Business Act」という、企業の意思決定において株主と利害関係者を平等に考慮することを義務付けるキャンペーンから着想を得たものである。これらの原則に基づくリーダーシップにより、どの企業のCEOであるかに関係なく、自らの野心を実現することができるであろう。

原則①:利益を一致させる

システムにおけるリーダーシップはその文化に依拠する

ファベール氏はこれをはっきりと認識していた。彼はCEO辞任発表後のツイートで、次のように述べている。

「昨日、我々は取締役会として1つに団結することを選択した。そして私はトップとして、その団結のために選択した。プロジェクトはどの個人活動よりも大きいものとなるだろう。#collectiveintelligence@danonにとって今も、そして明日もユニークなプロジェクトとなる。ダノンが誇りだ。 #EntrepriseàMission

そして最近のファベール氏の旅立ちについての記事でも彼は、「entreprise à missionは存続し続ける。(中略) 私は絶対的な確信がある」という信念を共有している。ファベール氏は、その言動を通じて、組織文化の中に目的を組み込むことの重要性を強調し、それが会議室の壁に貼られたスローガン以上のものになるようにした。そうした概念が広まっていくにつれ、文化とは、誰かが見ていなくても正しいことをすることを意味するようになる。文化が、行動と決断の基となる究極のものになる。株主と利害関係者の両方の利益を一致させることで、この団結力をより良い社会を作る力に生かすためのコンディションを生み出すのだ。

販売している商品も問う

会社の目的とは、会社が存在する理由と、世界で果たす役割を明確にすることを意味する。要するに、会社が何をしているのか、それにより誰が便益を受けているか考えてみればいい。同様に(もしくはそれ以上に)重要なのは、会社の行動により誰が悪影響を受けているかだ。現在のESG(環境、社会、ガバナンス)の枠組みでは販売している商品は問われない(Sustainable Brandの記事参照)。例えば、化石燃料を扱う企業であっても、世界最大のプラスチック排出企業(Forbesの記事参照)であっても、ESGのスコア上は良く見えたりするのだ。つまりルールには欠けている要素がある。企業や業界がコアな商品(ダノンの1回きり消費の乳製品を含む)が株主や利害関係者のニーズをどのように満たすかを反映し、イノベーションし、透明性以って評価するようなシステム変革が必要だ。

原則②:取締役の力を引き出す

会議室の内外でその目的を支持する

ファベール氏は間違いなく注目に値するリーダーであり、ダノンとその従業員の双方への影響は永続的なものであろう。そして彼は全く例外的な存在ではない。ファベール氏はダノンに24年間勤めたが、CEO在職期間は平均的な7年でしかないのだ。会社の長期的なガバナンス機関として取締役会は、会社の目的を長期にわたって維持し、経営陣による確実な遂行を促す任務を負っている。しかし多くの取締役会メンバーは、この役割を引き受ける準備ができていると思っていない。つまり取締役は、教育を受け、自信を持ち、知識を携えていることが不可欠なのである。「取締役会があなたと共にあることを確認する必要がある」というファベール氏の最近のコメントも、利益と目的の双方を追求する上での重要な点を示している。

ミッション・ロック(目的主導型を確実なものにする)

企業の使命を確実なものとする手段は、フランスのEnterprise à Missionなど、一部の国ではベネフィットコーポレーション法が採用されており、B Corp認証の要件ともなっている。このような制度が、トップ交代や投資家の圧力に関係なく、企業が確実に利害関係者へコミットし良い結果が出せるように、ガバナンス、透明性、説明責任を生み出している。そのような確実にするものが無い中でのコミットに対し、たとえ一番儲かっている企業によるものであっても、疑問を投げかけるのはおかしなことではない。

原則➂:デフォルトを変更する

ルールを修正する

企業には、信頼でき且つ永続的な方法で利害関係者へのコミットメントを実現できるようにする明確なゲームのルールが必要だ。利害関係者へのコミットにつながるように設計された法律は、多くの国では曖昧に留まる。しかし、こうした規則により株主と他の利害関係者の利益を一致させることを確実にすべきという声は、より一般的になりつつあり、業界内部からの声も高まっている。世界最大のアセット・マネージャーであるブラックロックの、サステイナブル投資の元最高投資責任者の主張(Forbesの記事参照)や、ゲイツ財団の二酸化炭素を大量に排出する企業への投資対し、サステイナビリティの専門家ボブ・エクルズが書いたビルゲイツへの書簡(Forebesの記事参照)、あるいは記事執筆時点で500近くのイギリス企業が「Better Business Act」に署名している事実に示されるであろう。パイオニアや先駆者が、率いる企業の目標を達成させることはできるが、システム変革とは、全ての企業にロードマップを示すべく法律や規制を提唱することを意味するのだ。

曖昧な表現を使わない

企業が社会に与える影響について我々が使う言葉は、だいたい曖昧である。「資本主義」と「ビジネス」という言葉に追加されたほんわかでぼやっとした表現たちは、現在の不十分なモデルと区別する「新しい」モデルにすぎない。その好例が、ファベール氏のCEO終焉を示すものとして使われた、資本主義の「魂」とか「目的」など記事の見出しワードの流行だ。サステナビリティの端的な表現としてよく使われている「トリプルボトムライン」という言葉の生みの親であるジョン・エルキントン氏は、2018年にこの言葉のコンセプトについて振り返っている(ハーバード・ビジネス・レビューの記事、サステイナブル・ブランドの記事参照)。その理由は「とてつもなく多くのオプションがあって、企業に何もやっていないことに対するアリバイをもたらしてしまうから」だ。 「ステークホルダー資本主義」、「持続可能な資本主義」、「ソーシャルビジネス」、「目的のある企業」といった用語の流行も同じことだ。はっきりとしたゴールはいったい何なのか、つまりすべての株主や利害関係者に利益をもたらす方法でビジネスモデルと経済システムを運用する、ということから目をそらし、水を濁しているだけなのだ。

各企業の目標から、業界・経済界レベルの目標へ

企業は、環境や社会への影響に関して、ますます背伸びした目標を設定してきている。しかし、システム変革をしない限り、こうした目標の多くは、単独企業で達成するにはとてつもなくコストがかかるか、単純に目標達成できない。例えば、二酸化炭素ベース、もしくは大量消費ベースの経済からの移行する規模は非常に大きく、必要な投資もまた莫大なものとなる。他にもこのような規模のものは、梱包、廃棄物、サプライチェーン全体の人権、企業組織内の男女平等などグローバルレベルで存在する。これらの問題を前進させる鍵はコラボレーションである。競合他社も含めた業界レベルにおける、有意義で透明性のある共同アクションにより、企業内で抱いていた志を実質的な変化に転換することができる。

原則④:報告書に反映する

ESGの限界を考慮する

ESGレポーティングは増加している。世界で推定30兆ドルの運用資産が、何らかのESGデータに基づいて投資されており、その数は過去5年間で30%以上増加している。最近、膨大な数の報告制度、基準、ESGファンド、ESGサービス提供事業が登場したが、少なくとも2つの理由から、ESG主導のアプローチは必ずしもシステム変革につながっていないと見ている。むしろ、システムを損なう可能性さえある。第1に、言語が一致していないことだ。多くの場合、ESG基準とフレームワークにおける企業のパフォーマンスは、他の企業のパフォーマンスとの相関性が低く、投資家や一般の人たちは、ESGが「良い企業」を示す有意義な指標であると納得はしていない。この一貫性の欠如がある種の混乱を積み上げ、システム変革を推進するにあたってはESGの概念は不利な立場にある。

第2に、これは根本的な問題だが、ESG評価では一般的に、時間をかけてガバナンスに反映されるべき企業の目的に対し取締役会レベルでのコミットメントを必要としていない。これは、ESGに価値がないことを意味するわけではない。ESGはフェアトレードのラベルのように、強力に感化してくれる概念だったり、消費者や投資家の認知を向上させるものだったり、マネジメントツールとしては機能するかもしれない。しかし、統一されていない制度下における単一企業のレポーティングは、システム変革に向けて信頼できるものとは考えられない。

より良い基準を提唱する

企業がESGレポーティングの限界を克服し、システムの変革をリードできる最も重要な方法の1つは、野心的で明確且つ一貫性のある測定方法及びレポート基準を提唱することである。ガバナンスの中で企業の目的の基盤を築き、業績の測定方法を再考し、利害関係者と株主に沿う形で法律とガバナンスを設計する取り組みはその最先端の動きである。グローバルな機関、規制当局、主要な基準設定機関は、非財務パフォーマンスの測定の標準化に向けて大きな進歩を遂げている。「グローバルレベルで一貫性があり、比較可能で、信頼できるサステナビリティ開示基準」はもうそこまで来ている。そうした文脈においては、独自の基準を作る個々の企業の動きは流れに逆行してしまう。システムの変革とは、個々の企業の主張に依拠するのではなく、幅広く一貫性を推進することを意味する。

企業の目的や利害関係者へのコミットメントが信頼できるものであるためには、永続的となるように組織に埋め込まれ、管理される必要がある。CEOの任期の終了によって利害関係者の主張が覆されることが無いようにするのだ。そして包括的で公平で再生可能な経済システムを構築するには、世代を超えた持続的な共同アクションが必要だ。


当たり前のことと言えば当たり前のこと。だがサステイナブルな流行語を連呼している我々にはなかなか突き刺さる内容だったのではないだろうか。

そして明日は我が身。最初は目的主導型で、ある使命を持った会社。小さくビジネス展開しているだけで十分という起業家もいるかもしれないが、どうせならそのビジネスの力を活かして、企業として成長してその企業理念、製品やサービスのコンセプトを世に広く共有することも素晴らしいことである。規模が大きくなれば人も増え、取締役や経営層を外部から招き、上場したり、株主、利害関係者たちも増えてくる。そうなった時も、形は時代共に変化しつつも創業時の思いや地球にとってありたい姿を維持できるだろうか。

B Corp認証プロセスでは意外とペーパーワークのような設問も複数ある。

「従業員ハンドブックには何が含まれるか」
「サプライヤー行動規範はあるか」
「環境に対するコミットメントを記したポリシーは存在するか」

誰の手に経営権がわたってもB Corpとして世界をより良い方向に変える力を持ち続けるためだ。それは、かつて自らの会社が売却後に思わぬ方向に行ってしまった苦い経験を持つB Corpの創設者たちの思いでもあるのだ。