【新基準解説シリーズ②】人権

【新基準解説シリーズ②】人権

2025年以降、B Corp認証取得に新基準が導入される。現行では「B Impact Assessment (BIA)」と呼ばれる自己採点アセスメントにおいて、「ガバナンス」「従業員」「地域社会」「環境」「顧客」というステークホルダーの名称で分野が分かれており、どの分野でも良いので80点のボーダーラインを超えることが認証要件の1つであるが、新基準では、「パーパス&ステークホルダーガバナンス」「公正な賃金」「気候変動対策」など、社会課題や環境問題のトピック自体が分野名となり、これら全ての基準をクリアすることが必須要件となる。

B Labが新基準についてトピックごとに解説しているシリーズが23年11月末よりスタートしたが、今回は「人権」について解説しながら見ていこう。

「人権」を設定した目的

「人権」に関しては、現行BIAの中にも「地域社会」の分野でサプライヤーマネジメントにチェック項目が包含されており、ある程度の規模以上の企業にはガバナンスや従業員分野でも選択肢の1つとして単語として登場していた。またさらに大規模な企業になると、認証の要件として人権方針の設定がマストであった。しかし「Human Rights」というトピック名の質問はBIAに設定されていなかった。それだけに新基準での取り扱いについては注目が高いと見られ、今回もガバナンスに続き2番目に紹介されている。

B Labは新基準に「人権」というトピックを設定した目的について、下記のように述べている。

2011年に国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」を採択したことをきっかけとし、私たちは現在「ビジネスと人権」のパラダイムにいると言えます。この指導原則はこれまでの常識を覆すゲームチェンジャー的な出来事でした。すべての会社が人権を尊重すべきという明快で、また合意形成された期待があります。国家の責任ではなく、企業の責任としてに何をすべきかをはっきりとした区別がこれほど明確に期待されることはかつてなかったのです。では、企業にとって人権を尊重するとはどういう意味でしょうか? 端的に言えば、人権デュー・ディリジェンスを実践しなければならないということです。

これには、企業の従業員、サプライチェーン、最終消費者など、事業活動によって影響を受ける可能性のあるすべての人々に対する潜在的な悪影響を念頭に置き、慎重に行動する必要があります。これは範囲が広く、気が遠くなることかもしれませんが、デュー・ディリジェンスの鍵となるのは、どこに焦点を当てるべきかを知ることです。そしてそのためには、企業は自らの事業が人々の生活にどのような影響を与えるかを自覚し、積極的かつ誠実に「目を開いて」事業を行うことが求められます。また、継続的な学習と長期にわたる継続的な改善への取り組みも必要です。

食品の安全性や財務上のデュー・ディリジェンスが当たり前に企業に求められるようになったのと同じように、最終的には人権デュー・ディリジェンスも当たり前になるはずです。

またこの新しいパラダイムは、いくら慈善活動を行ってもマイナスの影響をオフセットできないことも明確に述べています。企業の慈善活動は選択するものですが、人権に関する悪影響への対処はそうではありません。そして、企業の最善の努力にもかかわらず、こうした悪影響が発生した場合には、その悪影響を是正(救済)することが求められます。これはパズルの重要なピースであり、デュー・ディリジェンスと是正(救済)が常にセットとして提示される所以です。

日本国内においては、経産省が2022年9月に「ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて~」というガイドラインが出たが、ESGの波も1つ注目される後押しになったとも言えるかもしれない。

新基準で求められるレベル

新基準のドラフトでは、①人権に関する方針を定め、②人権に関するリスクを精査し、③特定されたリスクに対する戦略と行動計画を策定し、④サプライチェーンに対しても同様の行動を求めることを要件として設定していた。特に②と③がいわゆる人権デュー・ディリジェンスに該当するものになる。2022年秋に新基準のドラフトを発表した後、様々なステークホルダーから集めたフィードバックでは、特に小規模なサービス企業に対してこれらの要件を求めるのは不相応に厳しいのではないかとの声が上がった。それに対するB Labの回答では、小規模事業も含め全ての企業に対し人権デュー・ディリジェンスを求めると述べていた。

特に欧州議会で提案されている「企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令」(CSDDD)が、単なる人権に関する情報開示に留まらずデュー・ディリジェンスの実施を求めていることから、政府の野心的な動きに乗っかる形でB Labは力を入れたいようだ。ただし、このCSDDDでは大企業向けを対象にしていることから、依然、小規模事業にも求めるのはB Corpらしく高い基準を設定していることになるが、現在のB Corp認証企業のうち76%が一人会社か零細企業であることを鑑み、基準を採用しつつ小規模事業向けに対応できるようフレームワークを置き換えることがB Labの使命とも感じている。その具体事例として、Fairtrade Internationalと協業し、2023年6月に小規模事業向けの人権デューデリジェンスガイドを発行しているのである。

一方で、少なくともB Corp認証企業は既にデュー・ディリジェンスのようなことを実践しているとB Labは主張する。従業員に対する様々な権利の保護や、サプライチェーン・アウトソーシング先(いわゆる人材派遣元)に対する労働条件の確認、そして市場に放たれる製品の安全性の確保までもが人権デュー・ディリジェンスの一部だとB Labは捉えている。新基準においては、それらの行動をより意図的に一貫性をもって行い、また潜在的な悪影響も含めて最大限に広い範囲にわたって考慮するようにステップアップしていくことになる。大規模なサプライチェーンを持たないマーケティング代理店などのサービス業であっても、顧客が誰なのか、また自社のサービスが人々にどのような影響を与えるのかを考慮することが必要であると指摘している。

他の分野との関連性

新基準ドラフトでは、よく他の分野との関連性について言及されていた。往々にして社会課題や環境問題は関連していたり、同時に解決の方向につながることはよくあり、例えば生物多様性確保のために森林保全をすることが、脱炭素に向けてCO2の吸収源を増やすことにもつながることや、地域活性化のために魅力的な街づくりをするなかで日本文化や伝統の継承にも取り組むなどがある。課題ごとに分野名を設定している新基準においても必然的に他の分野との関連、もう少し雑な言い方をすると「ダブり」のようなものが出てくる。人権においては「JEDI(ダイバーシティ)」「公正な賃金」「職場文化」が関連している。特に人権とJEDIの概念には共通点があるものの、人権はサステナビリティ、JEDIは組織変革の文脈で別々に取り上げられ、担当する部署も違うということが多い。B Labも人権とJEDIが10年後には統合されるだろうと予測しているが、より進歩を加速させるためにも現状は別々のトピックとして扱うのが妥当であるとの見解を示している。

新基準の人権トピックに期待すること

B Corpを目指す企業が人権課題について取り組むことによるインパクトについては下記のように書かれている。

簡単に言うと、人々に悪影響を与える全てについて取り組むことが期待されます。これは、企業が人々に対する悪影響をゼロにするという意味ではありません。それは不可能です。その代わり、企業はどこに注力すべきかを把握することが求められています。悪影響を及ぼす可能性がある場合は、そのリスクを緩和したり防止したりします。実際に悪影響が発生している場合は、それを是正したり正したりします。

新基準の「人権」では悪影響の管理にフォーカスが当てられており、これは国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」と同様の考え方だが、一方でマイナスとプラスの考え方は表裏一体であり、例えば賃金を上げるというポジティブな行動は、低賃金によるマイナスの影響を軽減するとも表現できる。実際、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)では、プラスの影響とマイナスの影響の両方について言及している。B Labも、上記で人権トピックに関連のあると挙げた新基準の他の分野である「JEDI(ダイバーシティ)」「公正な賃金」「職場文化」と、インパクト・ビジネス・モデル(IBM) においてポジティブな側面を評価することになるとしている。

新基準「人権」への対応ポイント

まず初めて人権デュー・ディリジェンスを実施しようとする会社は、先ほど紹介した小規模事業向けの人権デューデリジェンスガイド「ビジネスにおける人と地球」と、国連の枠組みである「ビジネスと人権に関する指導原則」を読むことから始まる。日本企業はこちらも前出の経産省のガイドラインダイジェスト版)も参考になるかもしれない。

そして自社にとって特にリスクが重大である人権課題の特定から始めることが推奨されている。ちなみに重要課題の特定で言うと、現行のBIAにも登場する「マテリアリティ分析」、つまり自社が重点的に取り組むべき課題を特定するプロセスと似たような概念であるが、人権の領域では「マテリアル(material)」という言葉が従来は「企業にとって」という文脈で使われてきており、「人にとって」というイメージがしづらく適切ではないことから「セイリアント(salient)」という単語が使われることが一般的である。経産省の資料等ではsalientを「リスクが重大である」という言葉で表現されているように見受けられる。

さて、このリスクが重大である人権課題の特定においては、B Labによると企業は大体、低賃金、男女差別、水へのアクセスなど、5~12 個のリストを作成しているようだ。先の経産省のガイドラインに付随して提供されている実務者向けツールの中には、リスクの特定に役立つ業種別の例示ワークシートが提供されている。

一部の考え方は現行のBIAにも存在するものの、重大リスクの特定は早めに取り組んでおいた方が良さそうだ。

 

※ 本記事はB Labの新基準解説記事を参照して書かれたものです。引用文以外は個人の解釈であり、必ずしもB Lab本部の考えを公式に代弁するものではありません。