ESG、SDGs、ステークホルダー資本主義、社会・地球すべての関係者に与える影響を考えながら経営するという概念の、新しい言葉たち。これらを説明する時に「日本でも昔から三方良しの考え方があったが、」という文言をよく見かける。こうした考えは日本でも根付いていたものではないか、遠い西欧諸国での取り組みではない、我々も原点に立ち戻りよりよい社会を作ろう、ということだ。
一方で日本以外の国でも、こうした考えが全く新しい概念なのではなく、昔から大切にしてきた考えであると感じているところもあるようだ。
B Corpコミュニティの活動の一環として、ステークホルダー資本主義を先導すべくムーブメント・ビルダーに選定されたのは、B Corp認証機関であるB Lab(B ラボ)の本拠地であるアメリカではなく、ヨーロッパと南米の企業であった。こうした国々では資本主義はどのように捉えられてきたのだろうか。
サステイナブル・ビジネス等を中心とした研究をしているマーキス教授が、B Lab・ヨーロッパの共同創設者でありグローバル・アンバサダーを務めるパラッツィ氏と、B Labの南米支部にあたるSistema Bのレモス氏へインタビューした記事を紹介しよう。
(以下記事より)
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マーキス氏: B ムーブメント・ビルダーである大規模な多国籍企業が、アメリカの企業でないことに衝撃を受けました。ヨーロッパと南アメリカでもB ムーブメントの考えを持っているからでもありますが、資本主義というのは、アメリカと違ってどのように捉えられていますか?
パラッツィ氏: 明らかに、世界中でそれぞれ別の形の資本主義が存在します。. そしてヨーロッパの多くの国では、 ライン型資本主義についてよく話題になります。ドイツでは、社会市場経済が120年も続いています。そしてそれは北欧諸国、オランダ、スイスにも見られます。 それは、規制された自由市場と進歩的な福祉国家の組み合わせです。 私は必ずしもそれをステークホルダー資本主義とは呼びませんが、再生的(リジェネレイティブ)資本主義とか、包括的資本主義、もしくは長期的(ロングターム)資本主義と呼びます。これはB Corpの哲学にそぐうものです。 結果は明らかです。世界のいろいろなランキングを見ても、幸福に関してトップに上がるのはいつもフィンランドやスイス、ノルウェー、デンマークといった国ですよね。
アメリカでは、他の多くの国と比べても、ウォール街と所有者無き金銭的関心が支配していました。 その結果、よりアグレッシブな株主資本主義が生まれ、企業は利益を追求するだけで、他の誰かが代償を払ってきたのです。それが地球であろうと、貧しい人々であろうと、それが長期的であろうと。企業は基本的に、資源、将来の天然資源と人的資源を先取りして使いつくそうとしているのです。
また、シリコンバレーやシアトルでは、新たなタイプが登場しました。それはある意味、別世界です。超自由主義のピーター・ティール(PayPal創業者)型の文化は、公益という考えにはフィットしません。つまり、例えばビジネスで成功した場合、そのビジネスが生み出したもの、利益を共有したり、コミュニティに再投資したりする、という考えとは違います。アメリカ経済が今やテクノロジー経済であることを考えると、公益に焦点を合わせるのは困難です。
そして、全ての発展途上国においては、家族資本主義です。ブラジルでもインドでも、ほとんどの会社は家族経営です。家族経営では長期的な視点で考えます。 南米はB Corpが活発な場所のひとつであり、最近発表されたB ムーブメント・ビルダーの企業のうち2社はブラジル出身です。家族経営の企業は、CEOがやりたいことをやって4年経ったら辞めてしまうようなアメリカとは真逆にあります。それは、これらの長期的なビジネスのやり方ではありません。
レモス氏: ブラジルの家族経営のレガシーが役割を果たしています。多くの場合、ファミリー・ビジネスの主な関心事は、次世代の若いリーダーを育成する方法、脱同族経営、そして何よりも、次世代のために会社が持続可能であることをどう確実にするかということです。
このような事業の取締役会に属する、若くて活発な社内起業家の何人かと会って私がだいたい耳にするのは、「私たちの事業の遺産と、我々家族の価値感を確実に継承していくために、どのように公正な社会を構築できるか」という内省です。
「この会社は次にやってくる世代のニーズと期待にちゃんと応えられているだろうか。」
「このムーブメントを信じているし、もっと広がってほしいから、 B Corpを目指したい。」
こうした家族やその後継者と会えば、彼らが事業の長期的ビジョンについてどれほど真剣にコミットしているかがとてもよくわかるでしょう。
ブラジル国内で2番目にB Corpに認定され、上場企業である、レンタカーサービスのモビーダもその例です。その家族の若き一員であるフェルナンド・シモエンス氏(3代目)は、グループのサステイナビリティ委員会の責任者であり、B Corp 起業家でもあります。シモエンス氏は、モビーダのCEOにB Corpになるように促すという重要な役割を果たしました。今は、グループすべての事業の大きな変化に立ち向かい、長期的ビジョンを設定し、より持続可能な実践策を組み込み、他の家族経営企業にもコラボをもちかけています。
マーキス氏: それぞれの地域での、特に大企業におけるB Corpムーブメントについてもう少し詳しく聞かせてください。
パラッツィ氏: ライン型資本主義モデルを備えたヨーロッパは、進歩的な企業にとって最良の地です。だから、ダノンのような多国籍企業がB Corpムーブメントのリーダーになり得るだろうと確信していました。
こういった類の社会的市場経済の主体は、アメリカの多国籍企業とは大きく異なります。ダノンは、B Corpという言葉が生まれる前、1970年代から実質的にはB Corpだったのです。そして、そういった企業は、ボッシュ、ユニリーバ、ノボ・ノルディスクなどの他にもあります。ドイツのボッシュは、今も財団が所有しています。そして、そうした企業のいくつかは、IKEAのように非常に収益性が高いです。ヨーロッパにはこうした企業がたくさんあり、常により包括的な事業として設立されてきたのです。
スイスのプライベートバンクであるロンバー・オディエもB Corpです。現在最大のヨーロッパのB Corpは、Chiesiファミリーが所有する製薬会社Chiesiです。イタリアのエミリア・ロマーニャ州パルマに拠点を置いていて、29カ国での売上は20億ユーロ規模だったと思います。すばらしいのは、ここ数年、多国籍企業のB Corpムーブメントに対する高い関心がヨーロッパに端を発しており、今後もそうである可能性が高いということです。
これまで、B Corpの活動をするアメリカのリーダーたちに、すべての多国籍企業が貪欲で破壊的な企業であるとは限らないということを示してきました。多国籍企業は当然のように悪名高きもので、インドネシアやタイのような発展途上国で、底辺への競争を追い求め、権力を振りかざし責任を負わない企業の例が多くあります。
私が最初にダノンをB Labに紹介したとき、B Labのリーダーたちは少し懐疑的でした。それでダノンは、CEOのエマニュエル・ファベール氏をはじめとし、本当に真剣に考えているのだということを毎年毎年示したのです。今やみんなダノンのことが大好きです。そして、我々はダノンのようなリーダーをもっと求めています。私は、B Labのリーダーシップによってもっとグローバルな活動になるべく進化すると楽観視しています。これまでは北米中心でしたが、私たち大陸ヨーロッパ人は、フランスやドイツ、オランダ、北欧などもその代表となり、そしてそのうち、中国やインドの企業も加わっていくことを望んでいます。そうしたことが起こるべきなのです。
レモス氏: ブラジルの企業は、2000年代半ば以降、サステイナビリティ施策を改善し、ESG基準をガバナンスに組み込んできています。サンパウロ証券取引所(B3)は、15年前に最初のサステナビリティ・インデックス(Índicede Sustentabilidade Empresarial、ISE)を始めました。これは、世界で4番目のサステナビリティ・インデックスです。昨年、ISEにBIAのいくつかの要素を組み込み、大企業の注目を集めています。今年、サンパウロ証券取引所は(S&P ダウ・ジョーンズとのパートナーシップにおいて)新しいESG基準に沿った別のESGインデックスを発表しました。
また、ブラジルには金融セクターを変革する大きな力がはたらいていると思います。私たちB Labと関係を持つことに関心のある銀行、インパクト投資、アセットマネジメント、ベンチャーキャピタルの数が増加しています。ブラジルの175のB Corp認定企業のうち、18(10%以上)がこういったセクターの企業で、認証取得を検討している金融機関の数はコロナ危機が始まって以来大幅に増加しています。そして現在、認証課程にある銀行が2つあります。金融セクターには間違いなく新しい勢いがあり、それが経済にとって非常に前向きな時代を形作ると確信しています。
こうした動きに付随して、特にコミュニケーション戦略に関連して、大企業がステークホルダーに対して、従来のやり方ではなくより人間的な対話をする必要性が高まっています。ブラジルの消費者は、革新的で、バリューチェーン全体でサステイナビリティ向上に取り組むブランドや製品、サービスを高く評価しています。今日、自社の製品やサービスが何を原料としているか、そしてそれがサプライヤーやその他のステークホルダーたちとどう連携しているかを示すことが重要になってきています。ナチュラは、これらの分野での認知を促進するパイオニアであり、少なくとも2000年代初頭からそうした役割を果たし、ブラジルの他の企業にも刺激を与える存在となっています。
B Corpになることを選択し、何らかの形で市場に「挑戦」するには、家族経営の方が容易な場合もありますが、IPOの後にB CorpになったNaturaはこれに当てはまりませんし、B Corpは家族経営が必須というわけではありません。
マーキス氏: そうした新しくB Corpになった会社について何が言えるでしょうか。
パラッツィ氏: ジボダンは、スイスに本社を置く香水の会社なのですが、驚いたのはそのスイスがB Corpの活動の真のホットスポットになりつつあるということです。例えば、フィルメニッヒは、B Corp認証を目指しているもう1つのスイスの香水の会社です。
狭い世界ですから、彼らはロンバー・オディエの経験のことも知っていました。人はこれらを見て、わぁすごい、B Corp、この構造ちゃんと機能している、と言い出します。こういうのは相互作用によって信頼を築いていき、次第にみんなB Corpは持つべき価値のある資格だと感じ始めます。スイスには強力なネットワークがあり、価値観を共有し、行動を起こし、より良い事業となり、同時に次世代と未来を考える人々がいます。そうすると、質問は「なぜそれをするのか」ではなく、「なぜそれをしないのか」になります。これが世界の向かうところであることは明白だからです。
レモス氏: ゲルダウは、ブラジルとアメリカを主な拠点とし、アメリカ大陸の鉄鋼業界において最も権威のある企業の1つであり、ラテンアメリカ最大の鉄スクラップのリサイクル業者です。 2018年にCEOに就任したグスタボ・ウェルネック氏が率いるゲルダウは、その存在意義を再定義し、文化を刷新し、サステイナビリティに対するコミットを強化しようとしています。ウェルネック氏により、ゲルダウは市場価格が回復し、売上と収益を拡大し、債務管理を進め、2019年には2008年以来最高値のEBITAを達成しました。
ゲルダウは、2019年にパートナーであるSistema Bと共にBIAを一通りさらい、Caminho + B(Sistema B ブラジル支部のローカルプログラム)を実施しました。それはB Corpの活動に参画する最初の第一歩としての3か月間でした。ゲルダウは、この活動に関して経営幹部レベルや取締役を巻き込んで戦略を策定しました。
またゲルダウは、グローバルコンパクト、国連女性機関、ダイバーシティ・プログラム、思慮深い資本主義(conscious capitalism)、サーキュラー・エコノミー・イニシアチブなどの取り組みで持続可能な開発に貢献し、B Corpになることを公約に掲げています。
マガルに関しては、60年以上にわたって、事業を展開する地域社会にプラスの影響を与え、ステークホルダーの幸福を向上させることに常に関心を持っている企業でした。さらに3年前、マガルは、会社が何かのガイドライン、持続可能への追及に役立つ何かガイダンスを持つ時が来たと考え始めました。マガルは非常に厳格な倫理規定に準拠しており、数千人もの従業員たちから多様で包括的な職場環境と見なされており、サプライヤーを尊重し公正に扱い、高い顧客満足度を維持している(「顧客は我々の血管を流れている」と言ったりします)ことで知られています。
マガルグループCEOのフレデリコ・トロジャノ氏によると、B Corpの活動とBIAは特に、社内の水準を引き上げ、会社の次の動きを考えるのに役立っているそうです。 BIAを使うことにより、環境面でやるべきたくさんの改善ポイントを把握することができました。過去3年間、マガルは再生可能エネルギーの使用を増やしており、直近では、214店舗が太陽光を動力源とする店となり、来年の初めまでには300店舗になると発表しました。しかし、廃棄物の管理、そしてこれはもっと複雑な課題ですが消費者のその先の廃棄物管理、そしてパッケージングなど、まだやるべきことが山ほどあります。だから、マガルはB ムーブメント・ビルダーに参加して、こうした問題に対処するためにB Labや先を行く企業と共に学ぼうとしているのです。